ヤマト王権はいかにして始まったか

弥生時代を代表する唐古・鍵遺跡と今もっとも注目が集まる３世紀の纒向遺跡は奈良盆地東南部に位置してとなりあう。二つの遺跡を比較して論じることは、弥生時代から古墳時代へ歴史が移りかわる諸相をクローズアップすることである。それはとりもなおさずヤマト王権の端緒となる邪馬台国の成立基盤を問うことにつながる。本書は、２００８年のシンポジウムをもとにして２０１１年に刊行された。その間、巻向遺跡での宮殿と推測できる大型建物群や祭祀跡の発見もあった。唐古・鍵遺跡と纒向遺跡の調査担当者が最新の調査成果を報告したうえで、近畿、吉備、九州などの遺跡調査も踏まえて、考古学者たちがさまざまな視点から問題を提示する。取り上げられた話題、論点は多岐にわたるが、私がとくに興味を覚えたことをいくつか紹介する。「纒向遺跡が３世紀前後に出現すると、唐古・鍵遺跡はほぼ同時期に消滅した」とかつてはどの本にも書かれていたが、これは間違いで二つの集落は同時に存在し、纒向が廃絶したあとも唐古・鍵は環濠を再掘して存続したという。奈良盆地には弥生集落が４００も確認されている。他地域に比べて異常に高密度であるが、これは奈良盆地が弥生の稲作の適地であった証拠だろう。古代の都が５００年続いたのは、今では考えにくいがこの生産力の支えがひとつの理由かもしれない。大和、近畿では弥生の周溝墓が最後まで残って、銅鐸祭祀が続いたとみられる。これに対し北九州、吉備、出雲などは大型の墳丘墓が早くから出現し、青銅器祭祀もとだえた。これは、後者の階層分化が早く進んだことを意味している。纒向に登場する前方後円墳は、その構成要素が吉備の墳丘墓に顕著なため吉備勢力の強い影響はほぼ定説化しているようであるが、纒向型前方後円墳をもって出現した特徴がのちの箸墓古墳という定型化前方後円墳につながったようだ。特殊器台の弧帯文は吉備発祥と思っていたが、そのルーツとなる文様が唐子・鍵遺跡から出てきていると知って驚いた。吉備の大壺、土器も多数発見されていて、盛んな交流を想像させる。初期ヤマト王権が連合政権の性格をもつとして、それを担った大和の勢力は唐古・鍵に居た者たちである可能性が高いだろう。唐古・鍵遺跡の重要性を改めて思った。