新装版 デッサン・ド・モード 美しい人を描く

いやあほんとうに多いのです、「初心者はまずデッサン」「まずデッサン！」「対象を正確にとらえる力を身につけること！」と叫ぶ方が。だから、それを真っ向から否定するこの本のセツ先生の主張にはスカッとさせられます。『デッサンは絵の基本……この常識はまちがい』『外国人のモデルの写真にトレーシングペーパーを当ててりんかくをそのまま写しとる。（中略）すると、あんなにほっそりとしていた外人の姿をそのまま写したはずなのに、なんと醜いデブになっていることか！モデルの実際の寸法をものさしで測ってみるようなクソ・リアリズムの方法では、影と光を無視する線描デッサンには何の役にも立たない……』そんなセツ先生は、人間の体を8等分にして製図のように描く技法にも疑問をいだき、生身の男女の肉体が持つ美しさ、ダイナミックな動きを、短時間でとらえることを重視します。つまり、デッサンと銘打ってはいても、この本は現代でいうところの「クロッキー」の本なのです。この本に収録されている、セツ先生のクロッキーの数々……もう、これがとても魅惑的。そのファッショナブルさは、とても40年も前に描かれた本は思えない。今現在ファッション雑誌に載ってても一切遜色なぐらいめちゃくちゃオサレなのです。ただ、問題は「従来の寸法を測るクソ・リアリズムなデッサンをやめた場合、具体的にどうやって画力を伸ばしていけばいいか」ってことは一切描かれていないこと。結局は「答えは自分自身で、仲間とともに見つけてね」ってことなのです……。そもそも、セツ先生は自らの絵画教室においても指導らしい指導は一切せず、生徒たちが自ら気づくことを重視したんだとか……。アーティストとして生涯モードを追求する人はそれでいいかもしれないけれど！そういう生き方を決め抜いちゃった人はいいけれど！アーティストじゃなくサラリーマンとして、今てっとり早く仕事として描きたい人間にはそれって非常に遠い道のりなんだ……！ということで、サラリーマンや社内デザイナーとして今すぐ企画書にデザイン画が必要だって人には高村是州先生の御本のほうがはるかにおすすめです。たとえセツ先生的には凝り固まった方法であろうと、まるで製図をするように「凡人でも手っ取り早くデザイン画が描ける方法」が載っているから。でもやっぱりセツ先生のクロッキーには、自由で、フェチで、スカーンと人の心をとらえる力があるのです。悔しいな！